第8話

**誕生日**




「涼子さん そんなに自分を責めないで」


『ごめんなさい 広海さん こんな話訊かされたら
水割りますます薄くなっちゃうね(苦笑)』


酔いがまわったのか…
頬がほんのり赤く染まった涼子は一段と色っぽく見える


カクテルを見つめる瞳に思った


…やっぱりピアスを受け取るなんて
涼子は本気では思っていないんだ

…もう言わないでおこう


話を切り替えた


「涼子さんは、ここへはただ自棄酒を飲みに来ただけですか?」


テーブルに置かれたルビーのピアスを涼子はもう一度手のひらにのせた


『彼女の誕生日にね このBARにふたりで来たの
その時にね 今度は私のお誕生日にも来ようねって彼女と約束してたの』


今日は涼子の誕生日… 


思い出を消去したくて来たという
さっきの言葉を思い出した


「そうなんですか…だから 今日、来たんですね…」


涼子は再び寂しい笑みを浮かべた


『彼女との思い出をここに置いていくわ このピアスも…ね』



後ろの席のカップルが席を立った

 
…と同時にあれっと屈んで何かを拾った


これお客さんが落とされたものじゃないですか?と
差し出された赤い小さなひかりもの


それは、涼子の耳から落ちて
探していた片方のルビーピアスだった


「あ、ありがとうございます」


涼子は目を潤ませてふたつ揃ったピアスをテーブルに並べた





そのカップルが出て行き 

すぐ開いたドア

いらっしゃいませ〜♪


店のスタッフの声にドアに目をやる涼子


『あっ…』


「…?」


店に入ってきたのが 今、話していた彼女だと涼子のその驚きの表情で分かった


彼女も涼子に気づき
私達が座るカウンター席で足を止めた


「涼子 来てたんだ」


なぜか彼女から視線を逸らす涼子


彼女は隣に座る私に視線を走らせた

そして後ろを振り返る
彼女の後ろにはスラリとした美人が立っていた


涼子がその女性の存在に気づき席を立った


店内を見回し彼女の次の言葉を遮るように言った


『満席みたいね 私達は出るわ ここ空くからどうぞ…』


手を引く涼子につられて慌てて席を立った 
 

「涼子 待って」


引き止める彼女に
涼子はテーブルに並べたピアスを指差した


『ちょうどよかったわ これ返そうと思ってたの
持って帰ってね』


なんだかこれって修羅場?

でも 二人は別れてるんだから
彼女に新しい彼女がいても問題ないはず


出口に向う涼子の背中が泣いていた


思い出消去なんて強がりだろう

本当は、彼女も思い出も消去したくなくて
ピアスだってはずしたくなくて

彼女と逢えるかもしれないと
誕生日にひとりで待っていたに違いない

なのに 彼女が新しい恋人?と
現れるなんてショックだったに違いない
心の傷跡がまた広がったであろう

そう思うと涼子が哀れで愛しく思えた

今夜は涼子の自棄酒に何時間でも付き合おう
そう思った…


狭い通路 彼女の後ろに立つ美人と目が合った

涼子のほうが美人だと
こんな場面で冷静に見比べる自分が可笑しかった


BARの外へ出て歩きだしたとき 

彼女が出てきて涼子の名を呼んだ


「涼子…待って」



「これは涼子が持っててほしい」


涼子に彼女が何かを渡した 
それはたぶんあのピアスであろう


わかったわとくるりと背をむけて
歩き出す涼子に彼女がもう一度名を呼んだ


ゆっくり振り返る涼子


彼女と涼子が見詰め合う 


私は数歩離れてふたりの場面をつくった


「お誕生日おめでとう 涼子…」


俯く…涼子にもう一度 彼女は言った

 
「…幸せになってね  涼子…」





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