INDEX
【”愛の痕”】
「エミー」
パソコンの青い液晶画面をボンヤリ見ていた私の背後から声をがした
「これ、お願いね」
後ろのデスクの、あゆみが椅子を回転させA4のファイルを差し出した。
「はい〜、いつもの処理でいいのね?」
ファイルを受取る私を、あゆみはジーっと見つめた
「エミ、昨日は彼とデートだったの?ウフフッ」
大き目のカールの髪を胸元で揺らし、意味深に笑いながら
あゆみがデスクに戻る
「えっ・・・」
私は、はっとして首筋に手をやった
昨夜・・ルナがつけた痕(しるし)が熱く疼いた気がした
《彼じゃなくて、彼女よ(苦笑)・・・あゆみの背に心の中で呟く》
ファイルをめくりながら、昨日のことを・・・思い出していた
歓喜の波の中で喘ぎ・・・朦朧とした意識の中・・・
『・・・ルナ・・・帰りたくない・・・離れたくない・・・』
ルナの背中にしがみつき泣いた
そんなだだをこねて流す私の涙を、ルナは唇で拭ってくれた
シーツに広がる長い髪を指で掬いながら・・・
首筋・・・肩・・・胸に・・・ルナは唇を強く押し付け肌を吸った
『・・・エミィ・・・離さないから・・・』
どれくらい時間が経ったのだろう・・・
コンポのディスプレイパネルが
すっかり暗くなった部屋の中に僅かな光りを放ち
流れる音楽の切ない響きが・・・呼吸の合間に聴こえた
時間をとめてしまいたい・・・そんな夜だった
終業のベルが鳴り響く・・・
「あつかれさま〜♪」あちこちで声が飛び交う
ロッカーの鍵を持ち席を立ち ふと、亜紀子のデスクに目をやる
《そっか・・・、今日 亜紀子 休暇とってたんだ・・・》
ロッカーの鏡の前で、ルージュを引きながら
そっと首筋のルナのつけた痕を指でなぞった
亜紀子に見られなくってよかった・・・、きっと大騒ぎして
問い詰めることだろう・・・(苦笑)
(明日は、隠してこなきゃね)
「エミ、お茶しない?」
ポンと肩を叩かれて振り向くと、さっき鋭い指摘をしたあゆみが笑っていた
「なんだか、まっすぐ帰りたくない気分なの〜。
ちょっと話さない?いつもお連れの亜紀子もいないみたいだし(笑)」
私も帰りたくなかった・・・
「うん、いいよ〜」
あゆみは、今月末で寿退社する予定だった
相手は取引先の○○物産の若社長だった
あの若社長なら 私も、何度か見かけたことがある・・・
まだ30歳なのに、老けていていつもハンカチ片手に汗を
拭っているなんだか脂ぎった感じの男性だった。
ふたりが並んだ姿を想像する
容姿もよくセンスのいいあゆみには、やっぱり不釣合いな相手だと思った
でも、愛があるなら・・・他人がとやかく言うことないっか(苦笑)
駅前の、お洒落なカフェに入った
あゆみはアイスティー、私はカプチーノを頼んだ
「あゆみ、もうすぐ奥様になるんだね♪」
「ん〜、そうだけどさ・・・」
あゆみは、なんだか浮かない顔で返事をし、
運ばれてきたアイスティーのグラスのストローに口をつける
「あゆみ、なんだか嬉しくなさそうね どうして?」
「嬉しくないことないんだけどね・・・ちょっと、早まっちゃったかなって感じ・・」
「えっ でも結婚するんでしょう?」
「うん、彼 容姿はイマイチだけどね(笑)やさしくていいひとなの すごくね。
結婚したら大切にしてくれると思う・・・」
「じゃあ いいじゃない〜、あゆみを大切にしてくれるんだったら
きっと幸せにしてくれるし、幸せになれるよ うん」
「うん、私もそう思って結婚しようって思ったの・・・でもね・・・」
「でも?」
カップのカプチーノが思ったより熱くテーブルに置きなおした
「・・・でもね 私、愛していないの 彼のこと」
アイスティーの氷をストローであゆみは静かに突付く
私は、なんて言葉を掛ければいいのか迷った・・・。
愛していないなら・・・どうして 結婚するの?
そう問うのは普通だろう
愛のない、結婚だってしなきゃいけない事情だってある
愛があって、結婚しても幸せになるとは限らない
あゆみがどうして彼を選んだのか、どうして愛のない結婚を選択し
今、後悔し憂鬱でいるのか事情はしらない
その理由を、聞いたところで・・・慰めたり否定も肯定も私にはできない
でも、あゆみの心の迷いが同じ女として・・・少しわかる気がした・・・。
「エミは、いまいい恋してるんだね」
あゆみが眩しそうに、私を見つめる
「え、どうしてそう思うの?」
「わかるわよ・・愛されてとても幸せって・・・顔に書いてるわよ(笑)」
私は、ジャケットの襟を直すふりをし・・・ルナの唇の痕を隠した
← →
|
|
|
|