第10話
**カクテル**
『広海さん カクテルは好き?』
「ええ、好きです」
『じゃあ 私の知ってるお店にいきましょうか?
ここから地下鉄で一駅のところだから すぐなの』
地下鉄を降りて路地をいくつか曲がって辿りついたその店は白いビルの2階にあった
カウンター席に座るとバーテンダーが早速 涼子に声をかけてきた
「涼子ちゃん ひさしぶりだね」
隣りに座る私にいらっしゃいませと視線をうつしたバーテンダーは
いつも来るパートナーじゃないなと窺う目をした
どうやら涼子はこの店の常連らしく バーテンダーをコウちゃんと呼んだ
『コウちゃん、失恋を癒すカクテルをふたつお願いね』
「え、失恋したの?」
どことなくマジシャンのような雰囲気が漂うバーテンダーのコウちゃんは
頷く涼子と私を交互に見て苦笑いをした
「う〜ん、それは辛いね OK〜まかせて!」
棚に並ぶボトルを手に取り思案するコウちゃん
やがて、頭のなかでレシピが浮かんだのか決まり〜と手をうった
シェイカーを振る音が響く店内
その音を聞きながらふと思ったのは、涼子の結婚相手の存在だった
「彼にお誕生日を一緒に過ごそうっていわれなかったんですか?」
「言われたわ…でも彼には独身最後のお誕生日だから、今日は自由に過ごさせてと言ったの…」
「そうですか…」
「涼子さん やっぱり結婚しちゃうんですか…」
「……」
無言で髪をかきあげる涼子の瞳のなか小さな雲がみえた
(しまった…)
私のバカ…なに聞いてるんだろう
結婚の理由も彼女との別れの理由も聞いたじゃない
おまけに痛い程 切なくなる場面も身近で見たんじゃない
…ふたりの間に沈黙の空気が流れた
やがてシェイカーを振る音がとまり
コウちゃんが笑顔でカクテルをテーブルに置いた
「今夜のカクテルは白…
何もかも忘れましょう 心の中も白紙にもどして
この赤いチェリーはハートだよ
〜cocktail which heals lost love〜
このカクテルを飲めば LOST LOVEは忘れて新しい恋が芽生える…かもね(微笑)」
コウちゃんはカクテルの解説を終えると
ごゆっくりとウインクをして私達の席から離れた
「cocktail which heals lost love(微笑)」
…と言いながら涼子がグラスを持った
私もグラスを持ち涼子に体を向きなおし
そして…心を込めて言った
『お誕生日おめでとう 涼子さん』
「ありがとう…」
乾杯と軽くぶつけたグラスのなか同じ色が揺れた
添えられたチェリーを摘んでこれは赤いハートねと涼子は無邪気に笑う
哀しみの翳りが徐々に消えていく涼子の表情に
私のこころも解きほぐされていく
この店の常連ならきっとバーテンダーは、
涼子の失恋の相手をおおよそ察していることだろう
そういえば…さっき
このカクテルを飲めば新しい恋が芽生えるかも…と
バーテンダーは言ったけど、それはもしかして私と涼子の間にという意味だろうか…?
いや、それはありえない…
淡い期待を私は打ち消した
だって涼子はまもなく結婚するんじゃないか
それに…
さっきのBARでの痛切な光景が浮かんだ
涼子は悲しいくらい彼女をまだ愛している
そう…涼子にとって私は
寂しい自棄酒を酌み交わす相手でしかない
さっき酔っ払いからかばったとき
咄嗟に掴んだ涼子の柔らかい手の感触を思い出し切なくなった
なんで一目惚れなんてしちゃったんだろう…
ほんの一夜の恋物語
ま、そんな恋もいいかな…
私も、呟いた
〜cocktail which heals lost love〜
失恋を癒やすカクテルが
心地よく渇いたこころに流れていく
どうせ一夜限りで終る恋
思い切って告白してみようか…
私はグラスのカクテルを飲み干し
涼子の綺麗な横顔をもういちど見詰めた